2013-09-15
 Garage EDEN Blog


「 2年と半年 」





東京から宮城県南三陸町へは約500km。

今週の火曜日の夜にこの東京という街を出発した。時間はたしか19時くらい。
帰宅の為の車の列と事故の渋滞もあって予定よりも時間がかかりそうだったの
で休憩は途中で一度だけ。

音楽をきれいに聴けるような環境ではない車だから、うなり声を上げるエンジン音と
軋むタイヤが転がる音だけを聴きながら東北という場所を目指す。
ぴったりと6時間くらいでなんとか仙台の都市部を越えた塩釜まで着いた。

ちょうどここからの道(東北道の終わりで石巻市、そして南三陸町へ向かう現在無料
区間になっている高速)が夜間工事で通行止めだった為、この日はこの場所までで
移動を諦めた。

今回の話はこの日の翌日。
そう月命日と呼ばれる11日の朝からの話です。




もう何度か通い慣れた道。
今は途中で携帯を見ながら道を調べなくても行けるようになった。
高速道路を降りると以前と変わらない立て看板がある。





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いつもここを右折して南三陸町へ繋がる下道を走るんだ。
仙台市からは高速も使いながら大体いつも1時間と半分くらいの時間。





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しばらくは山間の狭い道が続く。
峠を一つ越えるような、そんな感じ。
南三陸町へ向かうこの道の峠の手前に道の駅ってのがあってそこにある看板に
こんなのがある。






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峠を越えると拓けた場所に出る。
うっすらと奥に見えるのが、もう海だ。

写真を撮っているこの場所にまでも津波はきたみたいだ。
今は電柱も新しくなったけど、以前は一度なにもなくなってしまった道。





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道を下ると最初の交差点が現れる。
仙台からはこの距離。

そして最初のコンビニエンスストアがある。
この時間が過ぎてもまだここは仮設のコンビニなんです。
いつも最初にここでコーヒーを買う。




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さっきの奥に見えた海の場所。
交差点から見える位置にある水門。





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あの日の爪痕はまだ残っている。
でも、小さな花が近くに咲いてた。






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街へ向かう最初の入り口。






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奥に見えるのが駅とかがあった南三陸の街。
最初に向かうのはタグ付けや Old GT の袋作りをお願いしている「おかあさんたち」
のところへ向かう。
その途中の道。




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仮設住宅へ着く。

漁師町の南三陸町で育ち生きてきたおかあさんたちはとても明るい。
元気だ。
こちらがエネルギーをもらう程。

ただ、それでも時折話す節々に現実的なことへの心配や不安を吐露する。
もしかしたら、俺のような離れた街から来た人間には言いやすいことなの
かもしれないって思ったりもした。
それでも、そんな話さえも笑いを交えながらおかあさんたちは話してくれる。

国、行政、簡単には動いてくれないこと。
「復興」「支援」という言葉が薄らいできている実感。

それにまつわる理由だけでなかなか商品が売れなくなってきているという現実。
それをおかあさんたちは自分たちで分かっていると言う。

おかあさんたちは、おかあさんたちのお母さん。
高齢のお母さんやお父さんも抱えて生きている。

こう言った。

「だからね、町や工場へ毎日仕事に出る訳にいかないのさ。だからね、今のミシンの
 仕事はね内職のように出来るから助かるんだよ。いつかっていつのなるのか分から
 ないけどさ、またいつか家を建てることが出来たら自分の家でもこの仕事続けられ
 たらいいなって思うのさ。働かないと家だって払えないからねぇ」って。

最後の方は笑って言ってた。


「被災した方々が作った〇〇」そうやって作った物を沢山買ってくれた人がいる。
すごくありがたいことだったろうし、今でももちろんそういう人も沢山居てくれる。
それでも、一時期に比べてその総数が減っていること。それは現実なのだろう。
おかあさんたちもそれを分かっている。分かっているけど、今以上のなにかを作る
こと。それが難しいことだって分かっている。
そして、そんな中で自分たちなりに沢山想いを巡らせ考え、悩んでもいる。
置いてあったのはこんな本だった。





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ここに住んでいるおかあさんたちは元々から職人さんだったわけではない。
あの日を境に仕事を失った。
失った先に出逢ったこのミシンというものを通して、それを仕事へ変えていきたい
と思ってくれた人たち。

この場所でこれから宅地用の整地があって、そのもっとやっと先に移転の予定らしい。

予定を聞いた。

予定だよ。

予定で、平成28年からだという。それも「早くて」という前提付きの予定らしい。
信じられるかい?今は一体平成何年なんだい?って。

おかあさんたちが教えてくれた。
町に元々平らな土地が少ないこと、その少なかった平な土地に皆家があり、そして
その平らな土地にあったみんなの家が流されたこと。
だから、高台を切り開いて新しく土地を作ることから始めなければならないってこと。

あとはね、1人のおかあさんが言った。
「うちのおかあさんね(おばあちゃんに当たる人)、一緒に住んでるけどさ今ね、94歳
 なのよ。28年から始まって手続きしたり建て始めれてきっと2年とかかかるでしょ。
 そうなるとあと5年よね?そしたらうちのおばあちゃん99歳!すごいでしょ?」って。

笑って言ってた。

おばあちゃんがそんな歳。
俺はおかあさんたちって言ってるけど、それは本当に自分の母ちゃんと同じくらいの歳
ってことなんだ。

俺は今、自分の母ちゃんに『もう一度新しく家建てれば?自分たちのお金で』って。

そんなことは絶対に言えないだろう。
もし、どうしてもそんな必要があれば俺が建てるだろう。
当たり前でしょ?

でも、またこの町ではそれも違うんだよ。
おかあさんたちの子供さん達だって自分の家を流されたりしてるんだよ。
それに元々も過疎化の進んだ町。
海際の仙台からもずっと離れた街。
正直言って大きな町でもなかったみたいだ。

そういう街。

2時間くらいお邪魔して沢山の話をしてもらった。
これからこんな風にしていきたいっていう話もしてきた。
おかあさんたちは外まで見送ってくれた。




おかあさんたちの仮設を出てすぐにフェンスに囲まれた場所がある。
静かな日なら仮設までもその賑やかな音が聞こえる。

瓦礫を集めている場所だ。
フェンスの向こう側には全部が瓦礫と呼ばれてしまうようになってしまった思い出
が集まっている場所だ。




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道をまた戻り、別の仮設へと向かう。
角にあるガソリンスタンド。
屋根もないむき出しのスタンド。

せっかくだから燃料を入れた。






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ちょうどお昼時の時間になってしまったから、街を見て歩いた。

津波に襲われた防災対策庁舎。

津波が来るまで防災のアナウンスを続けた人が居たという場所。
月命日ということもあり多くの人が手を合わせに来ていた。

悲しみが消えることはない。





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防災対策庁舎でさえ、海からは数百メートルは離れた距離だ。
それでも、津波はきた。

そして街を飲み込んだ。
街は今きれいになってしまった。

以前に来た時にはまだ悲しい建物がチラホラあったのだが、今はそれさえもない。
なにもなくなってしまった街。





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高台にある仮設へと向かう。

ここには ONE FAMILY としてみんなから集めさせてもらってそのお金で買わせて
もらったミシンがある。
正直なところまだまだ具体的なところまでは進めれていないけど、絶対に実現させ
るから待っててね。おかあさんもそれを楽しみにしていてくれているから。

ここのおかあさんも明るい。
底抜けに明るい。

沢山、たくさん話をする。

今のこと、震災当時、当日のこと。今までの人生のこと。
子供のことも旦那さんのことも。

親戚の多くがもう街を離れて別の街へと行ってしまったこと。
そんな中で自分たちだけがまだ家を建てれる見込みが立たないってこと。
同じようにまだ土地さえも決まっていないってこと。
自分たちが歳を重ねる怖さ。
仕事がないという街の現実。

防災対策庁舎のすぐ近くにおかあさんの家があったこと。

写真さえも出てこないんだよって笑いながら悲しい顔をしていたこと。

お互いに目標を立てた。
それはもちろんこのミシンを仕事へと変えていくこと。

「楽しい、楽しみ」

おかあさんはそう言ってくれた。

俺は絶対に諦めないって誓う。


「あの日あたしはこの今いる仮設の場所まで逃げて来たんだよ」

ここは高台にある。





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2時間以上もおかあさんと2人で話をしていた。
話をしてもらった。

16時近く。

このまま今度は俺は福島へと向かった。
帰りがけということもあるのだけれど、その帰り道を少しだけ逸れて違う道へ。

俺の田舎にも似た暗い高速道路をひた走り向かった。

3時間を越えて走って着いた先にはこの人が居た。

月命日には必ずどこかで灯している。

Candle JUEN

彼は続ける。

旅を、灯火を、祈りを。





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おかあさん、おとうさん、ちいさな子供とそのおかあさんやおとうさん。

沢山の人が灯火に集う。

時々笑い声が聞こえる。

アーティストが歌い、子供がそれに合わせて唄う。大人がそれを見て笑う。

和やかで豊かな時間だと思った。

JUNEさんに声をかけると相変わらずだった。

そして彼が灯す祈りの明かりも。





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撤収を手伝って、なんだかわからないうちに集合写真にも一緒におさまって
しまった。

仮設を出る時に、言った。

「また」と俺。

『うん、またね』とJUNEさん。





東京へと戻ってきたのは深夜の2時を過ぎたくらいだった。
30時間くらいの一日。
その間12時間以上は運転だけだ。

俺1人が仮設を巡ったことでなにかが変わることではない。

それでもこんな俺が、俺たちがおかあさんたちになにが出来る?

なにかがあるだろう?

足りていないんだ。
それは分かってくれると思う。

手を貸す必要があるんだ。
理由なんていらないよ。

その為になにが出来るのか。それだけを運転中ずっと考えた。
考え続けた。
最初に書いた通りありがたいことに俺の車では考えることしかすることがないから。


もっと通えるようにする為にはどうしたらいいのか。
もっとおかあさんたちへ手を貸すにはどうしたらいいか。

ずっとずっと考えた。

ONE FAMILY ってのを始めた。
ありがたいことに賛同してくれる人たちがいた。

またTシャツや今度はパーカーとか作ろうと思う。
お金を稼がないと通えない。
もっともっとミシンも必要だし、これからそれらを維持していく為にもお金は要る。

アイデアがあれば欲しい。
意見もあれば欲しい。

おい、ウラノもっとあれやれ、これやれってのがあればもっとやるよ。

一緒に行きたい、行ってみたいって人が居たら連れても行くよ。
乗り心地の悪い車で良ければね。
結構しんどい道のりなのは覚悟しておいてください。


俺は思うんだけど、俺と一緒じゃなくてもいいから。
もし時間があったり、お金に少しでも余裕というか行けるお金と時間があれば
一度行ってみて欲しい。

正直なところ南三陸でなくてもいい。
石巻市でも、福島県でもいい。

爪痕がまだあるところへ。

こんなことを言って正しいかは分からないけど、見ておいた方がいい。
感じた方がいい。
知った方がいい。

爪痕が感じられる間に。

未来の為に、ご自分の為に、そしてお子さんが居る方ならなおさらって思う。

この悲しみを忘れない為でもあり、未来の為に。

もちろん俺もだけど、みんなにも親がいる。

親が居たからここにいる。

今、一緒に居る人も、居ない人も。

でも、どんなことがあっても親がいた筈。

おかあさん、かあさん、お母ちゃん、母上、かあちゃん、ママ。

おとうさん、とうさん、お父ちゃん、父上、とうちゃん、パパ。

俺はやっぱりね、みんな家族だと思うんだわ。
FAMILY ファミリーってやつ。
その想いが素敵だと思ってる。
信じてる。

命は繋がってる。
絶対に。

だから、知らない人も、知ってる人も、好きな人も、嫌いなヤツも、花も緑も
犬も猫も、ペンギンもイルカも、木も森も。
お米も、野菜も、全部全部。

だからさ、たくさんの大切な家族の命がなくなったことを悲しんで欲しい。
終わったなんて思わないで欲しい。
悲しみは終わっていないこと、悲しみの中にいること、それでも今を生きている
人たちがいること。

自分の家族だと思えばさ、当たり前になるでしょ。

当たり前に続けれればそれがいいと思ってね。
そんな風に今は思ってる。

なにかを大きく変えることなんて出来ない。
ほんのわずかすら変えることも出来ないかも。

でも、自分が変わることが始まりだ。

始まり。

まだまだずっとずっときっと始まり。

きっとそうだ。



※ プライバシーの問題もあるので仮設住宅の写真やおかあさんたちの写真は
まだ載せていません。ただ、仮設住宅はテレビ等で知っていると思っています。






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writing & photograph by JOHNNY BROWN

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